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2009.08.03 Monday / 幼い頃の「おもひで」
 
私が生まれた村は、殆どが農家でした。
戦後、団塊の世代に生まれたので、兄弟は4人と標準的な家庭でした。

毎日の現金収入はなく、村に1件あるお店には「通い帳」なるものがあって、
その日に購入する食料品や日用品などは、その通い帳へ記帳して、
農作物の収穫時や盆と正月にまとめて支払うようなシステムでした。

貧しい農家では、1日中働きずくめです。
お米を入れる俵やワラの敷物(ムシロ)、縄に至るまでお米の茎である
ワラで作っていました。(縄作りは上手ですよ!)
雨合羽が誕生するまでは、ワラで作る「蓑(みの)」が雨具でした。

今のような頑丈なロープなどは高価で手に入りませんでした。


農家の朝は早起きです。夜明けとともにあぜ道の草刈りをします。
今のようにエンジン付きの草刈り機などありません。
全てカマで草を刈る手作業です。
草刈りを終え、それから朝食の準備です。

刈った草は、米ぬかなどと混ぜて「牛」のエサにします。
エサを作るのは私たち子供の仕事でした。それから学校に出ます。

庭には「にわとり」が遊んでいます。
ニワトリの小屋にはいつも、新鮮なタマゴを生んでくれます。
(時々カラの表面にニワトリのうんこも付いていたりしますが・・)

放し飼いなのでミミズなどもついばみます。
近くの海で取れた牡蠣やしじみの殻を砕いてニワトリのエサにします。
(丈夫なカラが出来るのです)

年に1度や2度は、学校から帰るとニワトリが軒先にぶら下がっています。
(ひゃっほー!今日は肉が食えるぞ!!)
田舎の貧乏農家では、牛や豚の肉など食べることが殆どありません。

町に行くと「かしわ」と書いた看板は、鶏肉専門のお店でした。
(今はありませんねぇ〜)

夕方になると、お風呂の準備をしなければなりません。
井戸に「つるべ」をおろしてくみ上げ、バケツに移して五右衛門釜に
入れる作業は、兄弟でいつもケンカでした。(子供ながらに重労働)
(火を付けるのは得意です。だから今でもストーブに火を付けるのは・・)

農家の夕食は遅い。暗くなってから帰宅する両親が作る夕食は
いつも8時頃。

おばあさんが元気だった頃は、夕食が終わるとTVもないので
昔話や、民話を聞かせてくれました。

ラヂオはあったので「赤胴鈴之助」や「まぼろし探偵」「とんち教室」
「紅孔雀」などはすぐにでも思い出せるが・・・

そして、村に1台のテレビが入ることになりました。。。

それは、お金持ち(庄屋さんではないが)のおうちでした。

長くなるので、続きはまた!

 JUGEMテーマ:スローライフで行こうよ!
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