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2009.07.05 Sunday / 文化財探訪
JUGEMテーマ:文化財探訪
ここは鳥取県日野郡江府町久連。
旧江尾発電所本館鳥取県の三大河川「日野川」に面して
作られた水力発電所の施設。
大正8年に当時県内では珍しい
「石造建築」の建物。
窓の上部デザインには数種類の積み方を
使い分けているのが見られる。

山陰電気株式会社(現在の中国電力)によって建てられた。

屋根付近のコーニス2階建てと、平屋建てで構成されており、
瓦葺きだったが鳥取県西部地震の影響で
金属屋根に葺き替えられた。

軒先には「コーニス」と呼ばれる
階段状の装飾が施されている。

都会にある・・銀行や・・生命などの建物の造りと似たような雰囲気だ。

キングポストトラス
屋根を支える構造は「キングポストトラス」と呼ばれ、
広い面積を柱無しで取ることが出来、
積雪にも耐えうる構造となっている。



取水口
取水パイプがあったところは
コンクリートでふさがれている。
内部には発電機が2基設置。



州河崎水門
取水口は3Kmほど上流の
州河崎(すがさき)の堰から。




現在の発電所
現在は1kmほど下流の
「川平発電所」で発電を行っている。





下記に表示されるスポンサーは、このブログとは無関係です。
2009.02.21 Saturday / 文化財探訪

米子市車尾地内、伊藤正文による設計で大正15年6月に竣工。
伊藤正文は、旧米子市庁舎を設計した早稲田大学の佐藤功一に学び、関西でモダニズム運動結成のメンバーとして活躍。



トヨペットのワゴン車を見ると昭和40年代当時の写真。
植木もまだまだ小さい。



ロマネスク教会を思わせる半円アーチ窓。

意匠的に軒先を少なくした作りが印象的。

日野川の地下水をくみ上げる事で、ミネラル分の豊富な、綺麗な水が貯水タンクに貯められ、イラスト中央部にある小高い山が通称(水道山)と呼ばれ、落差を利用して各家庭に送られていた。
現在は境港市まで送水するので加圧ポンプによる送水を行っている。
ダムによる取水ではないので天然ミネラル水が天候に左右されずいつでも豊富に・・



右が取水部に埋め込まれたステンレス取水管の実物。

 
当時の給水管敷設の様子(全て人力で行われた)気の遠くなるような作業だ。

【米子水神社】
水神弥都波能売神
天水分神
国水分神の三柱を祀る。

昭和17年3月建立、敷地内にある。

 
時の総理大臣「若槻礼次郎」による漢文の碑記がある記念碑。
伯耆に邑(むら)あり、米子と日(い)う。
居民数万、四方のあつまる所、百貨交わるところ。
而して山水風物の盛麗にして秀絶なる、蓋(けだ)し山陰希(まれ)に観(み)るところなり。・・・とつづく。


右側の太い管が現在の送水管。
小さい方は昔の送水管。


戦前より使用されているディーゼル送水ポンプ。
現在もなお手入れをして緊急時には使用されている。


UFOか?

敷地内に突如現れる貯水タンク2基。
このほか日野川左岸にも4基。


ミネラル分を豊富に含んだそのままの水道水。
原水を煮沸・滅菌したもので、塩素は混入していない『よなごの水』は弱アルカリ性(ph7.7)で還元水です。

活性酸素の働きを弱める、健康のためになる美味しい水です。
水道局で売ってます!
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連絡先=0859-32-6111水道局まで
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2009.02.21 Saturday / 文化財探訪

鳥取県の三大河川のうち、米子市を流れる日野川にかかる橋。
後方の山は中国地方最高峰の大山(だいせん)。

中国山脈より流れを発し大山の雪解け水を集め皆生温泉の脇が河口となる。
鳥取市を流れる千代川に次ぐ県内2番目に大きな川です。
出雲の国から鳥取藩へは、日野川、倉吉の天神川、そして千代川を越えなければならず、鳥取藩は陸の孤島とまで言われていました。

日野川に初めて本格的な木造の橋が架けられたのは1888年(明治21年)。
完成を祝って角盤高等小学校(現在の高島屋付近)の生徒たちも渡り初めをした写真である。


橋が出来るまではこのような・・・?
広重画 五十三次「府中」より
 

木造の橋は1923年(大正12年)の洪水によって流され、360余mの川幅に2年の歳月を掛けて1929年(昭和4年)に鉄骨橋が完成した。
手前の親柱は車尾(くずも)堤防改修記念時のもの(江戸か明治か?)


6連の三角形組み合わせの骨組みを曲弦材で繋ぎ、垂直の間柱を入れる「曲弦トラス」と呼ばれる工法です。
左奥の煙は王子製紙米子工場。



6連のつなぎ目には半円アーチをくりぬいた曲線型の橋門梁(きょうもんばり)を渡して意匠と強度を保っています。
道路のトラス橋としては鳥取県内で最大かつ最古の橋です。


夕日がとても綺麗なスポットです。
多額の費用で補強・補修され、現在は歩行者と2輪車の専用橋として利用されています。
東側土手より。


昭和30年代には・・・
東側のたもとで女性客を乗せたタクシーが、ルームミラーを覗くと確かにさっき乗せたはずの女性の姿は無く、振り返って見るとシートはぐっしょりと濡れていた・・
との幽霊騒ぎも賑わせました。

右の絵は月岡芳年の皿屋敷の絵です。本文とは関係ありません。
2009.02.21 Saturday / 文化財探訪

高梁市成羽町に中国地方唯一の銅山町として江戸時代から明治にかけて栄えた町。
高梁市内から山あいの道およそ40分ほど走るとべんがらで塗られた格子の家並みが突如現れる。

映画「八つ墓村」のロケに使われた大庄屋「広兼邸」をはじめ、当時のままに残された伝統的建造物保存地区が、時代の面影を余すところ無く残されている貴重な集落。


道に迷ったか?と思うほど山道を走りました。
こんな(失礼)山中に人が住めるのか・・・?と。
疑問を抱きながら案内板に従い・・・

街並みを見た瞬間、癒されました。
 
街の至る所から当時の人たちが出てきそうな・・・

 
現在も生活している人たちも多く・・・


明治時代に撮影された当時の風景です。
とても保存状態のいい街並みです。
石州(現在の大田・江津・浜田方面)の宮大工の手で大半のべんがら庄屋の建物が建てられた。
1軒あたり10tトラックに1台分は必要とされる石州瓦を馬車で運ぶには数千台も行き交ったと想像される。


 
↑三和土(たたき)   今夜から使えそうなかまども残っている。↑

 
中庭の雨戸板は3方向に移動できる。 昭和40年代まで使われていた台所 。


現存する使用している木造校舎では最古とも言われ、'06年現在では、わずか8名の生徒が学んでいるそうです。私の小学生時代も、このような校舎で学びました。

おまけ↓

笹畝坑道


金精神社
男性のシンボルが奉ってある。
2009.02.20 Friday / 文化財探訪

安来市(旧伯太町)母里松江藩の下に広瀬藩があり、その下に位置する母里藩。日本で一番石高の少ない城はないが一万石の城下町。
廃藩置県の折、数年間、母里県ができたと言う。
写真は後藤家(旧宮田家)

10代続いた藩主の9代目までは江戸詰めを命ぜられる。
弱小の母里藩はとかく松江藩に庇護を受けることが多く本家より隔たりを求められ、通常なら建具の高さは5尺8寸であるが、母里藩では5尺7寸と決められ、書院・床間・長押・押入・袋戸棚などは作ることが出来なかった。

 
【やまとや】明治の建築
酒屋を営んでいる、せめてもの贅沢に格子の屋根に猿の頭の格好を模した桟木で仕上げてある。

 
【かのや】江戸時代の建築(この町でもっとも古い建物)
薬局を営んでいた。今では住む人もなく朽ちていくのか・・・
この町で3件の文化財登録がなされた。
やまとや・奥野本家・奥野分家には文化庁からプレートが貼られる。
今後も文化庁への登録を増やす計画とか。

 
【奥野本家】明治の建築
創建以来初めて、先の鳥取県西部地震で外壁の漆喰が剥がれた。
左官技術の高さが伺える。
道路沿いの家屋は道路に対し角度をもって建築した。
手前はほぼゼロ、先に行くほど道路との距離が離れる。
戦国時代応戦するのに兵士が隠れるに都合がいいとか・・・

 
【奥野分家】明治の建築
箱階段がある中の間、天井は竹を並べた上に土を葺いた。
「大和天井」は高度な防火性・断熱性。

 
【ドイツ壁】奥野分家
明治から大正期にかけて外国の建築様式を真似するようになった。
柱に見える部分と壁面を一体で型枠とし、コンクリートを流し込んだめずらしい塀。

 
【路地・小路】町並みの裏には路地・小路が配されている。
屋敷の裏手には水路がひかれ、洗濯・洗いものなど行われていた。

 
【柴田本家・分家】
地元の有力者柴田家には南分家と東分家があり、南分家は住む人無く。

 
【後藤家】
広瀬の豪農であった宮田家が取り壊されることになり、後藤家がそのまま譲り受け移築する事となった。
10数年かけて完成した宮田家の材料は狂いもなく、虫害も雨漏れもなく腐食が殆どなかった。塾として使われていた宮田家は子供たちの落書きもそのまま壁を壊さず移築。

  
【後藤家】
2階の座板がそのまま天井板となる、大引き天井の大引きに面が取ってある。
この地方ではほとんどされない工法である。

 
【後藤家】
6室続きの和室はしっとりと落ち着いた風情を醸し出している。

 
【後藤家】
つくばい、下駄付きの石もそのまま、庭木も移築した。
床の間の掛け軸が大きい場合の底上げ格(ごう)天井。



街のあちらこちらで、その時代の匠のワザを見ることが出来る 。

わずか一万石の城下町安来市(旧伯太町)母里、何度も洪水と火災に見舞われながらもひたすら営んできたこの街の路地裏まで暖かさを感じました。
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